おかげ様でう越秀は今秋に開業40年を迎えさせて戴きます。
昭和42年11月12日に兄の修行先、京都市中京区新町の川魚料理と仕出し料理の”やっこ”さんから 屋号をう越秀(うおひで)として頂き、地元川西市で鰻と仕出し料理専門店として独立開業させて戴きました。
現在は寿司と日本料理部門も加え“一期一会のおもてなし”を基本に営業させて戴いております。
う越秀は長男元二が興したお店ですが昭和47年に不動産業へと転業し、三男元三が後を継ぎましたが平成に入り不動産業へと兄同様転業して行きました。
次男志津男が後を継ぎ今に至ります。
私は父の一言により、兄の店「う越秀」を手伝う様になり料理の世界に入りました。
父は小作農家の三男でしたので、私も18歳までは農業の経験はございます。
この自然の中で四季を感じながらの農業の経験が、私の料理人生でこんなに役立つとは人生面白いものです。 父は子供達に農業を継がす気持ちは無く、商売を勧めていました。
私達がひとり立ちし家庭を持つ頃にはもうこの土地は都市化が進み、農業が出来なくなるからとの事でした。
もしあのまま農業を続けていたら、次男の私はどんな仕事に就いた事でしょうか。 父は苦労の多かった小作農家の生い立ちで無く、裕福な地主農家なら子供達に農業を続けさせた事とわたしは思います。それとも商売を勧めたでしょうか。
若者の人生の第一歩と一生は両親、兄弟それに周りの人達に随分影響を受けます。 私も二年毎に弟子を受け入れ、若者が無事年季を迎え巣立って行く時の喜びと寂しさの混同は、料理人無常そのものを感じます。
今までの筆の通り兄が自分の興した店を早く出た為に、私は料理の業界には常識の修業先や師匠が無い独学ですので苦楽は味わいましたが、こんな事は誰もが味わう事です。
30年前より有馬温泉の板前さん京都の板前さんそれぞれの料理研鑽会の仲間に特別に入会させて戴いたからこそ、現在のう越秀料理が有るものと感謝しています。
余談になりますが料理界でいう<板前とはお店で一人だけ称される調理場の最高責任者(料理長)だけに許される称号です。
ここ数年お客様、友人、家族、等々の人達から色々と“ごほうび”を数多く頂く様になりました。 お店の企画は何時も予約満杯、テレビへの長期出演、ふたりの孫の誕生等がそうです。
平成20年の秋よりは寿司部門を馴染屋号の”う越秀”を残し、日本料理部門を“京川西 加茂”と
させて戴き新たな う越秀“京川西 加茂” をご案内申し上げます。
料理は料理人が“おもてなし”に対する一期一会の喜びをお伝えする季節の物語と私は思います。
う越秀“京川西 加茂”の基本は”一期一会のおもてなし”です。
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